国境越え 3

時差の関係か、6時前には目が覚めてしまった。

山の上から滝となって落ちる水で髪を洗い、喉を潤した。冷たくて美味い水だ。

コダリの朝は、昨日までの風景とは違っていた。山と谷と川、それらを霧が包み込んでいた。湿り気を含む空気は、やけに濃密に感じられた。

今日は首都カトマンズまで行くつもりだ。
最初の町までのバスを交渉する。相場は10ルピーと聞いていたが、100ルピーだとふっかけてくる。ここではバス運賃すら正規の値段があるのかないのか・・・。他のバスをあたったり、値切ったりして、結局30ルピーだというバスに乗った。出発が昼過ぎまでずれ込んでしまった。

道は相変わらず悪く、崩れたところが数箇所あった。そこを通る度にバスが谷底へ落ちそうなくらい傾いた。屋根にも乗客が乗っていたが、あそこに乗っていたら、もっとスリルがあったろう。
数kmにわたり道が流されている箇所があり、そこからしばらくは歩かねばならなくなった。

バスのまわりにはポーターがたくさん集まってきたが、私は雇わなかった。
非常に足場が悪い斜面を一番下までおりて、川沿いを歩いて行く。
女性旅行者の手を、地元の子どもが引いてあげていた。(嬉しそうに手を引かれていたその女性は、後から子どもに金を要求され、少しがっかりしていた)

しばらく行くと、十数人のネパール人が川べりに集まって上を見上げていた。
なにかと思って視線を上げると、崖の上から石が降ってきているのだった。
頂上付近から、ぶつかり合い、数を増やしながら斜面を転がり落ちてきた石が、切り立った崖で大きくジャンプし、一気に我々のいる所まで落下する。

中型犬くらいの大きさの岩が落下すると、地面がドスッといって窪んだ。
パラ コロコロ パラ。 ドス。  ドスドスドス。 ドン。 パラパラパラパラ。
あれがあたれば死ぬかもしれない。小さいものでも頭に当たれば危険である。

注意深く見ていると、石はずっと降り続けているのではなく、まとまって降ったかと思うと、しばらく止むということを繰り返しているようだ。
しかし、その周期は決して安定しているわけではなく、タイミングを見計らって「今だ」と思う時に限って、大量に降ってきたりしていた。

切れ目をぬって下を通り抜けるのは至難の業だ。
見張りの役の人が崖の上を見て、大丈夫そうだと判断したら「GO!」ということになる。
崖下を人が通り抜けようとしているときに、何か少しでも変化があれば「BACK!」と言う声がとぶ。
同じバスでここまで来た日本人旅行者が「GO!」で小走りに川原を走り出した。
しかし、途中で「BACK!」と言われて、「くるっ」と振り向き血相を変えて戻ってきたので、私は腹を抱えて笑ってしまった。

背負っていたザックを、もしもの時にはクッション代わりに使おうと崖側に持ちかえ、私も崖下を通過した。
こういうスリルを楽しんでいる自分は、どこか鈍感なのかもしれない。

しばらくして道に戻り、景色のよいところをのんびりと歩いた。
道端の子ども達が笑顔でハローと声を掛けてくる。

しばらく歩くと、次の目的地であるバラビセまで20ルピーでいいよというトラックが現れたが、すぐに公式なバスが来たのでそちらに乗った。バス代は10ルピー。初めのバスの3倍の距離を走って、値段は3分の1。やはり、最初のバスではボラれたようだ。ネパール侮れじ。

代金を回収する少年は、バスが満員だったため、走行するバスの一方の窓から出て屋根を伝い、反対側の窓から入ってきて代金を集めるという荒業をしていた。ネパール恐るべし。

バラビセには18:00頃着いた。カトマンズ行きは明日の朝7:00までないらしいので近くのホテルにチェックインした。

夕飯はダルバートというネパール豆カレーのようなものを食べた。
値段は、何度お変わりしても同じだ。皿が空になるとすぐにおかわりを入れてくれる。一杯目もおかわりも山盛りだ。地元の男達は右手を起用に使い、ダルバートを胃に流し込んでいく。食べる量も速さ凄まじい。
旅を続けるうちに、右手を上手く使うことはできるようになったが、あの男達ほど食べるようにはなれなかった。

まず、川岸まで崖を降りてから歩きはじめた。足元は不安定だ。水量は多く、足を滑らせたらひとたまりもない。 チベットからネパールに入って感じるのは、自然の違いともう一つ。「顔の違い」だ。チベット人は日本人に似ていたが、ここは完全に異国顔。 痩せてるがよく食う。栄養価が高い食べ物ではないので、それくらい食べないともたないのかも。後ろのお姉さんが男達の皿に次々とおかわりを盛っていく。